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ありがとう、筑波大学貝島研究室

更新日:3月15日

2021年度をもって筑波大学貝島研究室が解散する。


自分の学びの半分くらいを占めているのは、ここでの教えと、ここと協働した学びから。

自分の生き方の基準は、間違いなく恩師から授かった。


大学時代、遊び、そして、学び、適度に建築と関わり、生きるための仕事として、大きな会社に就職できるよう、生きていた。


転機は7月。翌月に大学院試験を控え、最後の運動、と出たサッカーの大会にて骨折。

大学院はどうにか受かるも、悔いの残る結果に。

そこで、大学3年の時からお世話になった先輩から、筑波大学を受ければと言われ、何となくうける。そして受かる。


その後、東北沿岸の卒業設計に取り組む。

同年、東日本大震災に。


悩んだ末に、何か東日本に関わる可能性のある研究室として、筑波大学への進学を決意する。そして、東日本の復興支援に携われることになる。

あんまり使わない言葉だけど、運命というものだったんだろうなぁ。と。


そして、そこでの研究実践は多岐にわたり、本当に、いろんなことを、学んだ。

いろんなことがあった修士・博士。

博士時代にはもう一人の恩師に出会う。人生のパートナーとも出会う。

そこでの学びもあり、たまたま、つくば延長戦の世界遺産専攻という役職を得ることに。


自分の学びの時間が育ち、

今の名城大学へ。

昨今は、研究・設計・実践・プライベートと、充実した人生を歩ませてもらっている。


全ては、貝島研究室があったから。

そこでの時間があったから。


そんな時間を作ってくれた貝島研究室が、今年、解散する。


恩師は、世界的に大きな賞を受賞し、

世界的に大きな大学の専任に。

その背中は大きい。


共に歩んだ時間は膨大で、たくさんの衝突と、たくさんの愛情を受けた。

でも負けたくないと思う。

そんな思考もきっと、彼女から授かったものなのだろう。


最後に、OBが集まって、屋外でわちゃわちゃとお話をする。

みんなが笑顔の時間が、彼女の凄さを表していたように思う。


ありがとう。貝島研究室。

幾ばくかの寂しさと共に。



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