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卒業設計審査会2024

毎年恒例。

今年も卒業設計審査会を終える。

4年間の集大成。

今年は以下に沿って、少々卒制について考えてみようと思う。


  1. 卒業設計審査会ってなんだろう

  2. 名城大学の今年の作品を見て思ったこと

  3. うちの研究室の作品について

  4. 自身の指導方針について

  5. 最後に



卒業設計審査会ってなんだろう


卒業設計を評価する、っていうのは難しい。

そもそも、評価するってのが、あんまり好きじゃない。


だから、課題の場合、到達目標を明確化し、課題文で採点のポイントを作る。

数学の問題のように、ステップを経て解けているかを判断するようにしている。


でも卒制の場合、課題文はないし、何を評価軸にするのかも人それぞれ。

卒業設計、なのであれば、設計の力を審査しないといけない。

卒業制作、なのであれば、制作したものの効果を考えることも重要。

建築家、にも、

施主との対話を大切にする人もいれば、

自己表現を追求する人もいる。

利己を大事にする人も、利他を大事にする人もいる。

そもそも、面白いプロジェクトなのかは、企画段階が超重要。

でも、どんな企画でも空間で解くのが建築家の役割。


ほんと多種多様。何が良いのかを決めろと言われると、超難しい。


だから、評価において多くの人の目に触れてもらうのは、とても良いこと。

集まった審査員がそれぞれのプライドを持って、投票をする。

多様な評価基準が内包されることになり、結果として、なかなかにフェアな結果を生むのだと思う。

審査側も、誰がどこに投票したのかが明確化されるから、

自分達が試されている場である、とも感じる。

だから、審査会は、評価されるというよりも、みんなで良い作品や大切なものは何かを話し合う場なんだと思う。


審査会はお披露目会。


自分が大切にしたいとこをお披露目する。

お披露目したものに、私もそれが大切だと思う。

って共感する人がいる。

もっと良くするためのアイデアをもらう。


今年もそんな良い議論の時間だった。

ご一緒頂いた審査員の皆さん、ありがとうございました。



名城大学の今年の作品を見て思ったこと


今年は40作品。


全体の印象は、模型が巨大化していた。

か、細かい点景をたくさん作ってた。


結局、完成度なんだなぁ、と。

聞いている方は、やはり、第一印象を持ってしまう。

熱量のある子を応援したくなってしまう。

でも、その方法は、模型を大きくすることだけではない。

きちんとリサーチしてたり、効果的な表現をできているか。


今年は徹底していない(時間的にそれをいうと終わらない進度だった)が、

昨年度まではシートをA1・4枚以上、6枚推奨。と伝えていた。

それくらいの情報量は最低限必要。


作品は、どこか先輩たちの作品を参考にする、というか、

共感しすぎて似てきてしまうものが多かった。

それらは、やはり、既視感を感じてしまう。


今年の卒制だけで評価すべきだし、過去にあった、というのは、

彼らの努力を正当に見ていない気もする。

が、こちらも人間。

だし、常に、「今、社会にないけれど大切にしたいこと」に思いを巡らせて、

今よりちょっと良い未来、に向けた挑戦を続けている。

だから、どうしても、見たことのないもの、に興味が移る。


そういう意味で、

私はこれが大切だと思っているんです。

と、強く語りかける作品は、問題作・話題作として心に残る。

それが少ないのは、少々悲しい。

もっと、心の奥にある叫びをさらけ出して良い。


大きく、卒制のアプローチは3つ見られた。

・すでにある需要を支える建築士的設計者としての卒制

・個性的な街や物語を探してそこに寄り添う面白い施主とのコラボによる卒制

・今社会にないものを希求する建築家的設計者もしく企画者としての卒制


個人的好みは圧倒的に最後だけど、どれが正しいとかはない。



うちの研究室の作品について


毎年そうだけど、みんな苦しむ。

その中でも一番苦しそうなのは、自分が何をやりたいのか、わからなくなる場合。

正解を求めてきた人生の場合、特にそう。

そのために、探究の時間の論文があり、社会と接続したプロジェクトがある。

でも、それだけではなく、仲間と語り続ける時間も大事。

その時間がないと、結局、自分が大切にしていることが何かは、見つからないじゃないかな。

見つからなかったら、見つからなかった自分に向き合えば良い。

卒業設計は、スタートライン。

良い悪いはない。

できたことと、できなかったことを見つめて、次に進めば良い。


あと、卒制なんて、なんか一つでも、

これを試せた。このスキルを身につけた。

があれば、それだけで成功。

自分のできないを発見するだけでも大前進。

真剣だからこそ、自分を発見できる最大のチャンス。


さて、具体の内容としては...。

うちの研究室は、卒制の評価を気にするな、と常々言っている。

なので、評価を得やすいテーマ、を選んでいる人は少ない。

実務になった時、自分にとって都合の良い条件なんて、そうそうない。

でも、具体の誰かの要望を聞いたり、彼らの未来を手助けすることはある。


だから、具体の誰かに寄り添った、もしくは、社会に寄り添った提案になる傾向がある。

あとは、軸足を現代と未来のどちらにおいているのか、の違いもある。


具体の施設の理想像をとっかかりにした提案

・そだてる公民館 ・滲み出る風景~港町商店街の再考~


具体の誰か、を想定した提案 ・ダンチ開き~小さなやりたいが叶う場所~

・懸け橋~ワーキングママのための環境整備~

続いて、現代社会の疑問について考えた提案

・小さなインフラ~エネルギーと共生する都市の未来~

・海への恩返し~捨てない暮らしが育む漁村の未来~

・現代の城


全く需要のないことだけど、未来には考えるべき提案 ・歩み出す集落~ポテンシャルから集落を再考する~ ・住宅地計画の未来~内外境界を緩めるメソッド~ ・集落終いの風景

・最期の寝室


みんなそれなりに評価を受けていた。

都合の良い編集をすることなく、やり切ったみんなを尊敬する。

テーマに地味さなんてない。突き詰めるのが何より大事。

そういう意味で、考え続けた団地の提案と住宅地の提案には、個人的に敬意を持っている。

あと、捨てない暮らしと集落終い、最後の寝室は、全国の建築家には興味を持たれそうなテーマだった。

ワーママと公民館、歩み出す、ポテンシャルと商店街は、すごく重要な現代と地続きのテーマ。商店街の卒制への没入具合は最高だった。

現代の城は、空間の尊さを語っててよかった。


自身の指導方針について


最後に。

今年は、「ーべき」をやめた。


名城大学は、東海圏では老舗で、学生も頑張れる子が多い。

普通に、思考力が高い子も多い。

でも、東京の有名大学と比べると、どうしても、地方私大の知名度は劣る。


その知名度だけを補完できれば、彼らの未来の可能性は大きく変わる。

建築はフェアな世界だから、

卒制の授賞やコンペ獲得があれば、

それだけで大学名よりも強い説得力を持てる。


うちの研究室は、社会と接臆されたプロジェクトをする。

学部は慣れる。

修士は試す。

卒業すると仕事ができる人で、修了すると仕事を作れる。


卒制は仕事の主体性とスケジュール管理力、他者を束ねる力を育む練習でもあり、

そこをクリアすることで、社会人生活も楽になる。


評価がなくてもどこにでも送り出せるようになる機会だし、

評価があったら、面白い仕事や高い給料にも挑戦できる。

大手の就職先にも、有名アトリエにも頑張れば手が届く。


だから、卒制は、質の高いものを作る、べきだ。


と思っていた。

し、今でも間違っていないと思う。

でも、それはただの現実。

今年は、心の底から、評価を気にするな、と伝えた。

それは、評価よりも大切なことがあるから。

そう思えたのは、学生との対話を重ねたからなんだと思う。


何の価値観を大切にするかは、当人たち次第。

彼らの目標に寄り添って、個々の目標に到達するサポートをするのが、忘れてはいけない基本方針。

でも、同時に、色々と見てきたからこそわかる真実をきちんと伝えるのも大事。

言い続けるのも仕事。

その上で、選択は学生次第。

と、ある程度割り切る。 そんな方針に変更してみた。

教育は実験。結果が出るのは10年後。



最後に


今年の結果を見て、最優秀賞の作品にすごく妥当性を感じた。

とても適正。

その解き方から、卒制への大事なアプローチが学べる。

以下。


・現代社会をどう考えるのか

・きちんと総合力の高いプレゼンになっているのか

・一部でもいいからディテールを考えているのか

・未来と接続する

・自分の言葉で語る。これ一番大事。


ディスカッション、本当に大切。

今年は、その機会をすごく取ってみようと思う。

あと、こういう、ちょっとした思考のブログも、また描き始めようかなぁ。

誰が見てるかわからんから、筆が進まないけど。笑。

まぁ、気が向いたら書こう。







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