• nobusato

3月11日

最終更新: 3月12日

何を書こうか、何も書かなくてもいいのか。

でも、誰かに何かを伝えるためではなく、

ただただ、その瞬間の自分が感じたことを、

刹那的にでも記すのをこのブログのコンセプトにしている。

だからこそ、何も帰結点のない言葉を記す。


商業的な理由がメインではなく、

精一杯心を込めて歌うというか語る人々をみて、

なんとなく、今ここの自分を考えたいなと。


10年は子供から大人になった時間だった。

でも、やっぱり、この時間は自分の根幹な気がしている。だから。忘れないためにも、記す。


自分は決して10年前の3月11日の当事者ではなかった。

そして、その後も1年くらいは、当事者ではなかった。

だから、本質的な、その瞬間を体験していない。

父母の実家は山形。他人事でもないけど、自分ごとでもない。そんな感じ。


でも、その後進学した大学院で、石巻と関わる機会ができた。

その瞬間とその後を経験した方々と、

一緒に、何もないところから、色々な話をしてきたとは思う。


笑顔で、一緒に企ててくれた友人は、震災で奥さんをなくしていたり、

浜で一緒に活動をしている皆さんは家がなくなっている。

もちろん、親戚や友人をなくした方も多いのだろう。

家をひとつ建てることの重みは最近ようやく理解した気がする。


そんな大変な状況にある現地の方から、

自分たちだけでできること以上のことを、

一緒にやってくれる人がいるからやれる。

と言ってもらえた。


そんなことを言われたら、何よりも、そこでの時間を大切にするし、

何もできない自分にできる最大限の努力を重ねる。

それが、自分の震災後の2年間くらい。


そこでは、本当に色々なことを学んだ。

建築家ってなんだろう。

社会的意義って何?

結局、クライアントからの要望を扱う仕事は求められず、

一緒に進んでいく視点をもった人が大切にされていたように思う。

そこが、クライアントワークとしての建築家の限界な気がした。

同時に、共謀することの力強さも学んだ。


そのまま、東北との縁が切れるのが嫌で、

博士課程の三年間も一緒にいたいな、と思った。

就職とかそっちのけで、ある意味、モラトリアムだったのかもしれない。

三年でモノにならなかったら退学するつもりで進学した。


そこからは、もっと多くの人と話して、もっともっと何かができないか、と模索した。

石巻の若手の皆さんと。

今となってはみんな若くないけど。

archiaidでなんだかなぁ、と思ってた仲間たち。彼らは石巻に移住し、今もその場でずっと、力強く動いている。

若者が集まって、未来について語る。あの時間は、石巻の活動の原点だった。その時の人々は、僕の人生に、とても多くのものをくれた。

はまぐり堂の亀山さん、ダルさん、ひろ兄。石巻2.0の勝さんともげ。ap bankの河合さん、FJのもじゃさんと島本。みんな、大好きな仲間。

この関係性がのちに、とても大きく効いてくる。


仲間ができ、そこで移住しようかと、本気で考えた。

でもその後、家庭に色々あった。

今年の1月に親父の七回忌を終え、なんだか少し、落ち着いた。

けど、当時は、放浪した故に約束した姿を見せられなかったことで、正直、何もわからなくなった。

人生において思考を停止したときは、多分そこだけ。


葛藤して、模索している時期に出会った大切な仲間と一緒に企てたのが、

今も続けている、石巻の漁師を育てるプロジェクト。

これは、僕の人生における、決して忘れることのない大きなプロジェクトだと思う。


色々な縁があって、齢28にして、ようやく、親を安心させれる仕事につけたけど、

同時に、東北で活動する未来にはどこか蓋をした部分は多い。


そのあと、模索している時期にあった仲間と、桃浦に、宿泊施設を作ることになる。

ここで出会ったのが、小林武史さんであり、apbank。

想いの多い、音楽の日を見て、

本当に、すごい人たちと一緒にいたんだなぁ、と思った。


でも、この一連の決断は、

全て、桃浦で出会った、今90歳の一人の漁師さんがいたから。


83歳くらいの時、

「俺はこの浜が好きだ。俺が死んだ後もこの浜が続いて欲しい。」

という、とても強い意志を聞いた。

そこで、彼は、他の地域から漁業の担い手を募集する「漁師学校」を始めた。

我々はそれをサポートした。

彼は言った。

「俺は花が咲くのを見届けることはできないけど、ここに種を植えることはできる。種を植えて、芽がでて、大きく育つ土壌を作ることができれば、この浜はきっと続く。」

命を超えて、浜の未来を見ている後ろ姿は、今までみた何よりも格好良かった。

今年も去年もできていないけど、3月末に、彼の家にお泊まりして、夜通しお酒を飲む時間を持っている。60才近い歳の差だけど、彼は我々を友達と呼んでくれている。

他の何よりも大切にしたい時間。来年こそは。


他人のために動くことを学んだ。

全体主義的かもしれないけど、個人を優先すること以上の意味を、教えてもらった。


10年経っても何も変わらない。

でも、色々考える。

そして、明日からまた頑張る。


ありがとう、この10年で出会った仲間たち。

そして、これからもよろしく。


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