「最近考えていること。」というこのシリーズは、その時々の自分のステートメントを記す場所。2019年からは、毎年、新年の豊富とともに記すようにしている。
2016年に書いていたことは「地域の自助・共助・公助」。
2019年に書いていたことは「建築文化」。
2020年は「リサーチング・プレーヤー」。
2021年は「楽しいが身の回りにあること」。
そして今年は、「生活民芸舎」
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生活に必要なものをきちんと選択すること。
それはとても難しい。
でも、自分で何がいいかを考え、
目に見えない関係性のものをなくし、
そして、美しいと思うものを身の回りに置く。
そんなライフスタイルは、きっと、豊かだ。
暮らしのとなりに美しいものを置くこと。
その豊かさを享受する暮らしを作っていく、
そんな会社を妻と木曽平沢の仲間と作ることにしました。
それが「生活民芸舎」。
職人が手で作ったもの、自分が繕ったもの、育てたもの。
それらが身の回りにあることは、多分、楽しい。
そういう誇り高き仕事をする職人を後押しするために、
職人の商品を扱うセレクトショップも作ることにしました。
「土」と書いて、「とおいち」と読む。
土ーとおいちー
土からうまれ、土に還る。
木曽はそもそも塩を手に入れることが難しい山奥。
だから、山の木を使って手工芸を発達させ、地域の文化を育んできた。
それは、土から生まれる、自然に優しい榮ある仕事。
その文化を、自信を持って、他者に進めたい。
そんな木曽路十一宿の良いものを集める場所として、木曽路を代表する宿場町・奈良井宿にお店を構えます。
それ以外にも、色々な、暮らしを楽しくする事業を展開していくのが2022年。
そのための下ごしらえをしたのがこの1年だった。
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2021年は、今までの人生では考えられないくらい仕事に追われた1年だった。
2020年度のお仕事が終わったのがGW明け。そこからが新年度だった。
その後も常に何かの締め切りに追われていた。でも同時に、その波が抜けてからは、実にクリエイティブな時間を過ごす機会をいただき、新しいことに挑戦する1年だった。
まずはよなよなzoom。一昨年からはじめた、よなよなzoomアーカイブシリーズが少しずつ認知を高めるとともに、いろんな方のお話をたくさん聞いた。
6月には、よなよなzoomを続けていたから生まれた不思議な組み合わせの建築旅行に。
この経験はすこぶる大きかった。建築業界の第一線で闘う同年代と話し、自分の立ち位置ややりたいこと、強みを考えた。
久しぶりに危機感と高揚感を感じた時間に、感謝したい。
設計という側面から色々と考える機会があったのも大きい。
8月からは新しいプロジェクトとして、ナノメートルアーキテクチャーとの共同プロジェクトが開始。どう住宅を作っていくのかを丁寧に考える機会になったし、建築家とは、建築作品とは、を、真剣に考え、疑問を投げかけあえたのは、とても大きな時間だった。
同じく9月には学生と初めて一緒にコンペに出した。コンペシートを作りあげること自体が大きな教育効果を持つし、学生と一つの案を作りあげる時間は自問自答の繰り返しだった。結果は残念で、だからこそ見えてくる課題がある。
こういう真剣勝負の舞台を、次年度も続けていきたい。
企画という挑戦もした。
まずは、木曽平沢の古民家改修。お金が全くない状態から如何にお金を生み出し建物を守っていくのか。その2つ目のケースを企画した。技術があれば、予算は絞れる。色々な制度を使って建物を守る施策を考えた。
他にも、ワーケーションやバイオトイレなど、現代的なトピックを回収しつつ、新たな関係性を生み出す仕組みを考えた時間は楽しかった。
頻度は低かったけど、茅葺文化を継承するための飯豊町のサポートも、面白い企画を産み出せそうで楽しみ。
施工現場をたくさん持ったのも大きい。
山の木を使ったウッドデッキ、侍浜の民家改修、平沢の廃材を利用した小屋の新築、新潟の空き家改修がこれ。
現場から学ぶことは多い。現場は事故防止とクオリティ担保のために、どうしても厳しくなる。反省点としては、作るもののクオリティをあげる時間が少なかったこと。そして、どうしても予算的制約が大きくなってしまうこと。
でも、これは、とても大切な取り組みだから、作ることを続けていきたい。
あとは、方々の調査研究は続けたい。
自分の学びのベース。
作品見学の批評を書く、というのも、自分の思考スキルを高める時間だから、意図的に続けていきたい。
今年は、学外の仕事も。
建築学会東海支部の幹事は、順番仕事。でも、それでも意義と意味を探求する時間にしたい。
建築雑誌編集委員の仕事も始まった。自分がまさかこれに携わるとは。学び直しの機会として、インストールを続けたい。
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あとひとつ。
「つとめる」を考えたのも、大切な時間だった。
人間生活は、いま、どこに向かおうとしているのか。
何が大切かを多くの人が考えたのが2020年だった。
自分の中で、その答えが、ぼんやりとしてきたのがこの1年でもあった。
気候変動への対応は急務で、
社会全体はおそらく、もっと地球と向き合う時間を増やしていくだろう。
お金を中心に形成してきた社会から、
個人を超えた価値観を大切にする時代に移行すると思う。
同時に、現代社会が落としてきてしまったものはなんなのか。
そのヒントに「つとめる」があるのではないか。
元来、多くの意味がある。
でも、現代社会の「つとめる」は、「勤める」が主力。
働くことは、勤務することになった。
でも、田舎で暮らしていると、年配の方から、「おつとめご苦労さん!」と声をかけられることが多い。
草刈りうやお祭りなどの地域行事、そして、誰かのためになる小さなことをしたときに、
「務め」を感謝される。
そして、感謝されることが嬉しくて、自分の能力を高めるための「努め」をする。
お金を得るだけでなく、生きている場所で、何か役割を果たせることの尊さを感じた。
「暮らしと仕事が地続き」
という素晴らしいフレーズを、ゼミの中で見つけた。
仕事がうまくいくことは素敵だ。
でも、仕事でえたスキルを暮らしに還元でき、それで周りの人が笑顔になる。
そんなライフスタイルが、人間の本質的欲求なのではないか。
「生活民芸舎」も、そんな思想に続いていくと思う。
生きるためのお金を得て、それを正しく使うこと。
身の回りにあるものが、顔の見える関係で再編されること。
そして、自身が他者の暮らしを助けることをできたら、
それはきっと誇り高い。
そんなことを考えた2021年だった。
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